【熊野亘×遠藤製作所】『ポールシステム』開発秘話、図面以上の提案力。
チームだからこそ生まれる最適解。

INTRODUCTION

アウトドア用品のセレクト販売を中心に、豊かなライフスタイルを提案してきた「株式会社Nicetime」。そのオリジナルプロダクト第2弾のデザインを託されたのは、プロダクトデザイナー・熊野亘さんでした。テーマは、これまで脇役とされてきた「ポール」に新たな価値を見出すこと。

熊野さんの発想を形にするため、開発パートナーに選ばれたのは金属加工の街・燕三条に拠点を構える「遠藤製作所」です。最大のハードルは「絞り加工」という難しい技術でした。試行錯誤を重ねること約3年、ついに一つの「作品」と呼べるポールシステムが完成します。

熊野氏の革新的なアイデアを最高のかたちで実現するため、開発パートナーとして選ばれたのは、金属加工の世界的集積地・燕三条を拠点とする「遠藤製作所」。そこで立ちはだかったのは「絞り加工」という技術的な壁でした。試行錯誤を重ねること約3年──ようやく一つの「作品」と呼ぶにふさわしい「ポールシステム」が誕生します。

今回のインタビューでは、デザインを手がけた熊野さん、そしてパートナーである株式会社Nicetime代表取締役の深谷さんを迎え、遠藤製作所Web編集部の高橋が“チーム一丸”で挑んだ開発の舞台裏を伺いました。
単なるOEMを超えて生まれた、熱い想いが宿るモノづくりのストーリーです。

タープではなく「ポール」に着目した理由

まず、オリジナル製品「ポールシステム」は、どんな背景から生まれたのでしょうか?

熊野様(プロダクトデザイナー):
Nicetimeのオリジナル商品開発、第2弾のテーマは「タープ」でした。最初はその布そのものをデザインして形にしよう──そんな構想からスタートしたのです。けれどリサーチを進めるうちに、タープの布はすでに各社があらゆる形を出し尽くしていることに気づきました。ここで新しさを打ち出すのは、正直むずかしい。

その一方で、支える存在である「ポール」には、まだ誰も手をつけていない余白がある。
「ポールをデザインすれば、タープ以上に可能性が広がるのではないか」──。
そうした発想の転換から、このプロジェクトは本格的に動き始めました。

ポールから広がる「モジュールシステム」という可能性

「ポール」という視点は新鮮です。そこからどんなアイデアが広がっていったのか、具体的に教えていただけますか?

熊野様(プロダクトデザイナー):
基本的にはポールとしての機能はそのままにしつつ、ポールとポールの間に新しいパーツを挟み込めないか、と考えました。例えばタープの中にテーブルや棚を作れるようになれば、もっと可能性が広がるんじゃないかと。

縦方向(Y軸)だけでなく、横方向(X軸やZ軸)にも空間を展開できるように──そのために開発したのが「コアパーツ」です。

このコアパーツを軸に据えることで、テーブルや棚などのユニットを自在に連結できる。まるでレゴブロックのように、さまざまな形をつくれる“モジュールシステム”。それが、このプロジェクトのアイデアでした。

キャンプサイトを、自分だけのレイアウトにカスタマイズできる──そんなイメージでしたね。

パートナー探しと遠藤製作所との出会い

その構想を実現するパートナーとして、遠藤製作所を選ばれた経緯を教えてください。

深谷様(Nicetime):
最初のきっかけは、遠藤製作所さんの会計監査を担当されている会計士の方が知人で、その方にご紹介いただいたことでした。ちょうど第一弾の製品「なた」を燕三条の刃物屋さんにお願いした流れもあって、「次も燕三条で挑戦したい」と思っていたタイミングだったんです。

実際に遠藤製作所さんの工場を見学させてもらったとき、「ここならもっと踏み込んで、難しいことにもトライできそうだ」と強く感じました。しかも遠藤さんは燕三条の中でも中心的な存在。豊富なネットワークを活かして、僕らだけでは出会えない適材適所の加工業者さんを紹介していただける。そのアドバンテージは本当に大きいと思いましたね。

アイデア段階から伴走する「チーム」としてのものづくり

では、ポールシステムの構想が固まってから遠藤製作所を探したのではなく、出会いがあったことでプロジェクトが動き出した、という流れでしょうか?

深谷様(Nicetime):
そうですね、まさに同時進行で進んでいたイメージです。今回のプロジェクトは「要件を決めて依頼する」という単純な形ではなくて、アイデアの段階から遠藤製作所さんに入っていただきました。
技術的な知見をデザインに取り込んだり、仕組みそのものを見直したり。立場の上下ではなく、同じチームとして一緒に考えながら進められたのが大きかったですね。

ゴルフヘッド開発で培われた「懐の広さと技術力」への信頼

初めて遠藤製作所の担当・岡田さんと打ち合わせをされたとき、どんな印象を持たれましたか?

熊野様(プロダクトデザイナー):
遠藤製作所さんはゴルフクラブ(EPON)を手がけていて、その工場も見学させてもらったんです。プロダクトデザインの観点からすると、ゴルフ用品はアウトドア製品以上にシビア。プロゴルファーが言葉にする感覚をそのまま形にして返す精度が求められるわけです。

それを当たり前のようにやってらっしゃる。これは本当にすごいことだと思いましたし、その懐の深さと技術力があれば、まだ誰も挑戦していなかったポールシステムも必ず形になる──そんな安心感につながりましたね。

また担当の岡田さんは、すごくジェントルマンで、棟梁のような頼りがいのある方、という印象でした。

最大の難関。「絞り加工」に見たプロの矜持

製品化にあたり、特に技術的に難しかった点はどこでしょうか?

熊野様(プロダクトデザイナー):
一番はポールの接続部分です。パイプの先端を圧縮して段差を作る「絞り」という方法を採用したのですが、これが非常にチャレンジングでした。

ここの精度が甘ければ全体がグラグラしますし、逆にきつすぎればエンドユーザーが組み立てられない。その絶妙なバランスを、高い精度で実現しなければならなかったんです。

コスト面を考えると溶接という選択肢もあり、僕らも何度かそちらを提案しました。ですが岡田さんは「強度を考えるなら、絶対に絞りでいくべきだ」と。経験のない加工方法でも、自分たちの知見を信じて貫いてくださった。その職人としての姿勢に触れて、僕らも「この人たちとなら大丈夫だ」と強く信頼を深めましたね。

デザイナーの想いとコストの現実。対話が生んだ最適解

強度や精度の面でクラフトマンシップを感じられたとのことですが、デザイン面でのやり取りはいかがでしたか?

熊野様(プロダクトデザイナー):
そうですね。例えばポールの一番上、タープのロープをかけるピンの部分です。僕の最初の図面では、ロープが抜けにくいように先端を少し太くした“テーパー形状”にしていました。ところが岡田さんから「これ、まっすぐでも十分機能するんじゃないですか?」と提案があったんです。試してみると本当にその通りで、結果的にコストダウンにもつながりました。

さらに、そのピンを取り付ける蓋の部分。僕は材からの削り出しを想定していたのですが、「パイプに削り出した蓋を溶接すれば、同じ形状を保ちながらコストも抑えられますよ」と。

ただ図面通りにつくるのではなく、クオリティと安全性を担保したうえで、コストを抑えるための最適な方法を考えて常に提案してくれる。その姿勢が本当にありがたかったですね。

熱量には熱量で応える。OEMを超えたパートナーシップ

プロジェクトを通じて、遠藤製作所の技術や姿勢に対する印象は変わりましたか?

熊野様(プロダクトデザイナー):
「チームとして取り組んでくれる」というのが一番大きいですね。単に「これを作ってください」「はい作ります」という関係ではなく、もっと前のアイデア段階から一緒に考えてくれる。そのプロセスの中で信頼関係が生まれますし、僕らもそれに応えるために、より良い図面を描こうと自然に思える。やっぱり相互の信頼なしに、良いものは生まれないと思います。

深谷様(Nicetime):
本当にそう感じますね。最近はデジタルでのやり取りが主流ですけど、このプロジェクトでは、きちんとフェイス・トゥ・フェイスで会い、お互いの熱量をぶつけ合いながら進めていきました。人と人との関係値があるからこそ、チームは強くなる。遠藤さんは情熱をもってものづくりに向き合ってくださる。その姿勢が何より素晴らしいと思います。

逆に言うと、こちら側に「こうしたいんだ」という熱量がないと、遠藤さんの力は最大限に発揮されないかもしれません。その熱量があれば、必ずそれに応えて返していただける。それが遠藤製作所さんの魅力だと思います。

熊野亘
氏名 熊野 亘(くまの わたる/Wataru Kumano)
専門 プロダクトデザイン Product Design
略歴 2001-08年にフィンランドへ留学、帰国後Jasper Morrison氏に師事。2011年にデザインオフィス” kumano “を設立し、環境、機能性、地域性など、背景のあるデザインをテーマにNIKARI、CAMPER、karimoku、天童木工などの国内外のメーカーとプロジェクトを手掛ける。2021年にスイスのローザンヌ州立美術学校(ECAL)にて教鞭をとり、2025年より武蔵野美術大学教授に就任。
Webサイト https://watarukumano.jp/
株式会社Nicetime
SHOP名 Nicetime Mountain Gallery
設立 2018年7月
所在地 〒151-0072 東京都渋谷区幡ヶ谷3-55-2
SHOPについて Nicetime(ナイスタイム) は、“素敵な瞬間”ではなく“素敵な時間”を届けるアウトドアセレクトブランドです。ギアやアウトドアプロダクトを通じて、自然の中で過ごす時間や道具と触れ合うひとときの価値を提案しています。2016年に設立され、本社を愛知県大府市に置き、東京・幡ヶ谷には実店舗「Nicetime Mountain Gallery」を構えています。機能性・品質・デザイン性にこだわりながら、アウトドア初心者から愛好者まで、幅広い層に“自然を感じる時間”の楽しさを届け続けています。
Webサイト https://www.haveanicetime.jp/

遠藤製作所Web編集部まとめ

「長かった」という言葉に、3年近くに及ぶ開発の苦労と達成感が凝縮されていました。Nicetimeの「本当に良いものを届けたい」という熱い想いに、遠藤製作所が技術と人間力で応え、燕三条の職人たちの心を動かしたからこそ生まれた「ポールシステム」。それは単なる工業製品ではなく、関わったすべての人々の情熱が結晶した「作品」と言えるでしょう。ものづくりにおける真のパートナーシップが、ここにありました。

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